Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

神の視界(その1)-『脳内現象』<その1>

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photo by P Shanks

認識は意識する前の段階から始まっているそうです。 認識しているが言語化、記憶に残らないものがあります。これらを「アウェアネス」と呼びます。このアウェアネスの中で多彩なクオリアが同時に感じられるという意識の側面を「現象学的意識」と呼びます。その中の一部に注意がむけられ、言語化されたり、記憶に残ったりするそうです。

つまり、脳の中には自己が意識しない認知が同時並列に生まれています。 フロイトのいう意識とは氷山の一角で水面下に広がっている、残りの氷山を無意識となります。

では、この無意識の領域はどのように生まれているのでしょうか。

特定の刺激だけに反応する脳細胞

現在の脳科学では基本的にすべての現象に対応した脳細胞があると言われています。1962年アメリカの脳科学者デイヴィッド・ヒューベルとトーステン・ウィーゼルは猫の後頭葉の大脳皮質にある、第一次視覚(V1野)の中にある特定の傾きの線だけに反応する神経細胞を発見しました。このように特定の刺激にたいして反応する神経細胞の性質を「反応選択性」と呼びます。

この当時では、すべての線分に対して反応する神経細胞があると信じられています。しかし、実際は縦と横のみに対して反応する神経細胞しかないことが分かりました。 そして、脳の認識はこれらの反応選択性で得られた情報をコーディングすることで生まれているらしいです。

解剖学者の養老孟司氏はクリエーターの押井守氏との対談で現実について同じようなことを語っていました。


養老孟司と押井守の対談 1/3 - YouTube

現実とは本人が意識したものが現実になると語っています。虫好きな養老氏の前に虫と100円が落ちていたとし、養老氏の場合は虫が目に入ります。その時、養老氏の中では虫だけが現実になるというそうです。

つまり、100円がどんなに養老氏の目の中に移っていたとしても、意識されるのは虫だけです。 そうなると、養老氏の現実は虫を意識し、現実に落ちいていることになります。その後、100円に気づいて、それを手にしたら、100円もまたその時に意識したことになります。

押井氏は、アニメーションを自分の表現の手法として扱っているのは、アニメーション自体が非現実の世界であるからだと語っていました。確かに、押井氏自身にとってアニメーションは非現実となりえますが、受け手にとってはアニメーションが非現実と認識できるのは視聴する個人にゆだねられている気がします。

脳内現象 (NHKブックス)

脳内現象 (NHKブックス)

 

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