Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

横浜トレンナーレ2017『島と星座とガラパゴス』の公開対話シリーズ「ヨコハマラウンド」ラウンド1に行ってきました。

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今日はここ

横浜トレンナーレ2017の最初のイベントで行われた養老孟司氏と布施英利氏の対談に行ってきました。師弟関係のお二人の話は曖昧な部分が多く、公式の対談というより、何気なくきた二人が色々とテーマに沿っているようないないような話をしておりました。

 養老孟司氏は自分にとっては「考える」という事を見直していただいたような気がしており、最初にテレビのドキュメンタリーで見たのはすでに10年以上前くらいになると思います。 

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養老孟司氏の「=(イコール)」の考え

 今回の対談のテーマは「0と1の間のアート」と題した非常に単純なタイトルだ。現代を象徴しているデジタルの01と、その間つまりアナログのアートというような感じだろう。そんな事で、養老先生の導入ももちろん、01の世界に向かっている世の中への危惧である。

01の世界というのはどういう世界かというと、コピーできる世界であるという事。しかし、アートとは01ではなくコピーできないのがアートだと言っている。これに付随した話が先生が最近はまっているという「トビゲラ」という幼虫が作るミノのようなものだ。(こちらのサイトに掲載されています。※閲覧注意の写真)トビゲラの幼虫は自分の身を守るためだと思うが、周りにある小石や枯れ草などいろいろなものを使って自分のミノを作ります。それは、誰に向けられたものなのか、なぜ、色々なもので作るのかわからないが、それこそアートに近い存在だと感じる。

さらに話は続き、自宅で飼っている猫の話から動物と人間の違いについて話は移る。ホワイトボードに黒いペンで「白」という字を書き、人間はこの字を白と認識できるが、動物はこれを黒と認識する。つまりこの行為こそが人間たる所以だと感じ出ているそうだ。その他にも「=(イコール)」の発見は人間の特徴の最たるもので、 「3+3」が「6」となることも人間以外はわからない。

人間の考えの特徴として、全てを同一化する事をしてしまう。動物は、その固有なものをそれぞれとして認識するしているが、人間は多くのものをひと塊り、つまり、「同じ(=)」と認識している。確かに、この文章でも「人間」と表現して全てを指している。この行為自体が良い・悪いではなくそういうものが人間だという事だ。

そして、その極みが01の世界で、今の時代はどんどん、その考えに支配されているように感じでおられるようだ。本来はその中間が非常に重要なのだが、その人間の特性が際立っている。

布施氏との対談

10分程度休憩があったのち、布施先生と養老先生の対談が始まった。師弟関係で普段から常に会ってと思うが、布施先生はやや緊張した面持ちだった感じがする。

最初の話題は「白」の話だ。それと似たような話でマグリットの「this is not a pipe」の話をされた。

www.ggccaatt.net

パイプの絵が書いてあるのだか、「これはパイプではない」と文章で書かれている。視覚的情報と聴覚的情報の矛盾を描いた作品だ。「白」もまた聴覚的な「しろ」と、視覚的な色の違いと同じだ、しかし、白の場合は漢字からの意味合いとしての情報も矛盾している点が面白い。

さらに、前回別の対談でも話されていたレオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』の話をされていた。 

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コンピューターから意識が生まれるか

最後に質問の時間があったので、質問用紙に今回のテーマとも沿うように「コンピューターから意識は生まれるか」をぶつけてみた。数名の方が同じような質問をされており、議題がその話題になった。

養老先生曰く、そもそも意識自体の定義やそのもの自体が曖昧で今まで科学では扱って来なかった。「エネルギー」なのか「イオン」なのか。最近はその話が科学でも取り扱われるようになったが、コンピューターで作ることは難しいというのが回答だった。

何十兆個の細胞からなる人間の体から生まれる意識を簡単に作る事は難しい。現代の科学でも大腸菌すら作ることができない。自分達(人間)をそれほど見くびらない方が良いというのが養老先生の回答だ。

先日紹介した量子進化でも、意識の定義は非常に難しいとされている。さらに、古典物理学からなかなか脱することができない状態では、まだまだ、我々自体が持っている意識を定義し再現、作り出すのは難しいことだろう。

数十年前に一度公演に行き拝見した時よりも、髪が白くなっており年を召されたような気がした。まだまだ、屁理屈オヤジとして今後の世代にも物申して言っていただきたいと感じた。 

骸骨考:イタリア・ポルトガル・フランスを歩く

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