Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

スシローペロペロ事件で思うこと

明けましておめでとうございます。 すでに2月になってしまいました。

久々にブログを更新しようと思います。 今回は、新年早々にネットを賑わせたスシローペロペロ事件です。

事件内容は大きなニュースなので既にお分かりだと思います。 2023年1月下旬、大手回転寿司チェーンの「スシロー」で、高校生がテーブルに置いてある醤油や湯呑みなどをペロペロと舐めて回している動画がSNSに拡散されました。これが不衛生だと炎上しました。 話題になった次の日のスシローの株価は160億円以上の暴落を起こし、スシローはこの高校生を刑事告訴して100億円の賠償を請求する事になりました。

炎上することのメリット

Facebookが投資家から多額の資金を得たのが2004年です。それから2023年現在で20年近くが経とうとしています。Facebookの機能で生まれたのが「いいね」ボタンです。投稿された記事に対して閲覧者が「いいね」とボタンを押す。「いいね」の数が多ければ多いほど、そのコンテンツの価値が高いと評価されていきます。コンテンツの中身ではなく単純な「いいね」の数が話題性があると評価されるのです。

この数が多く優良なコンテンツであれば「バズる」と称され、逆にネガティブな印象だと「炎上」と称されます。結局どちらも同じロジックで、同じように拡散されていきます。しかもネガティブな話題の方が大きく広がり、印象に残ります。そのため、ネガティブな話題でわざと炎上させて認知を高めるという「炎上マーケティング」と呼ばれる手法も現れます。

今回罪を犯した高校生がそこまで深く考えてはいないと思いますが、ある意味一夜にして有名人になったと言って良いと思います。

犯罪がビジネスになる

今回の事件によっていち企業の株価が暴落しました。ホリエモンなどはこの事で株価を操作してビジネスができるような事を言っていますが、私はもっと恐ろしい事が今後発生すると思っています。 事件直後同じように不謹慎とされる事をやって動画をSNSにアップする輩が増えています。こらはある意味、そのことで有名になることができるからです。 突飛な軽犯罪を犯して、それをばら撒き有名になり、さらにそれを評価したり擁護したりする人が現れます。

神戸幼児殺傷事件をはじめとした大きな事件を犯した犯人は獄中で本を出版する事が傾向としてあります。傍観している我々もその心境を知りたいからその本を手に取ります。彼らはもちろん罪を償うために刑を受けていますが、今後、犯罪の価値観や人間の存在価値自体が大きく変わっていくと、犯罪を犯す事がある種、アイドルへの近道になりかねないかと危惧しています。

獄中で本を出す目的には出所してからの生活費を稼ぐという目的もあるようです。100億の損害賠償を課せられた当人が短期間で稼ぐには、有名になった立場を大いに利用する事が効率的な気もします。

また、数十年前まではAV女優はある種日の当たらない職業でした。しかし、今はアイドルと同じくらい目指す女性も多いと言われています。職業差別がなくなったとも言われますが、別の面からするとモラルが大きく変わって来ていると感じます。

これは否応なくそうなっていくと思います。 中国は強制的に1つの価値を政府がコントロールしています。しかし、多様な価値を求める傾向は人が生きる上で必要な事です。なぜなら、人自体も大昔は自由で多様な世界で生きていたからです。生物とは本来そういうものだからです。

逆に今回も多様性の1つの表現と捉える事で、拡散を防げたり、話題を小さくさせられたのかもしれないです。

自由意志は幻想

Daily

この記事の冒頭部分は1年前くらいに下書きとして残しておいたものになります。 この内容からだいぶ意識についてそれが幻想であることが確実になってきたように思います。

最近だんだん理解できるようになったのが意識が幻想だということ。<私>を構成しているものは何も無いというのが何となく理解できるようになってきた。 このブログでも何度か意識の事について色々と書いてきました。私自身がうつ病(?)であり、昔から精神関係や脳科学に興味がありそういう書物を読んできました。なぜそれを読んでいたかというと「自分自身とは何だ」という事を求めていたのかもしれないです。

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国葬に思う事

国葬が終わったけど、今更国葬を考えたい。

ニュースやネットを見ていると、今回の国葬岸田首相のほぼ独断で決まったと見受けられる。亡くなられた直後から首相自ら国葬を決断し、国民に対しても法改正せずに、内閣判断で実行できるなど説明した。

個人的な推測だが、当初の衝動は抜きにして途中からは国葬の実施有無の問題に国民の目が集中するのを狙っていた様に思う。さらに、一部の極右的な諸先輩方が協会問題で離れているのを引き止める目的があったのではと感じています。だから支持率が下がっても強引に実施する必要があった様に思う。

 

そんな国葬だが国民からは大きく批判されている。賛成派は「故人を敬うのは常識」と言う論調が強く、反対派は「税金の無駄」という意見の様に思う。

この違いの根源を推測すると「国の葬儀」と言う主語を入れるとわかりやすい気がする。

「長く首相を務め内外から評価されている安倍元首相は国を持ってして葬儀するのに値する故人だから敬うのはのは当然」と言う事と、「裏金使ってオリンピック誘致して、宗教に頼って政権を獲得した奴に国を持って葬儀する必要はない」と言う事だと思う。

つまり、この「国を持ってして」と言う価値感に大きく違いがあるのではないかと思う。

後者が一見愛国がない様に感じるが、これは逆で国を愛しているからこそ国という価値が高い気がする。前者は逆に「国葬くらいしてあげればいいじゃん」と言うある種国を軽んじている風潮もある。

ただ、これは物は言いようだな。

あまり意味のない考えだった。