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Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

自分の気持ちを他人に伝える大切さ-『脳内現象』<その6>

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「他人は一体何を考えているのだろう」という疑問がいつも湧いてきます。しかし、他人の心や意識の存在を確認しようがありません。

私たちは他人に心があると仮定して、その仮定と矛盾のない振る舞いを確認しているので、他人に心がると認識します。

他人の心を推測する能力を「心の倫理」と呼びます。この倫理で難しい問題は、本人の中に存在する現状の客観的状況と他人の心が一致しない時が問題になります。

Aさんが牛乳を飲み冷蔵庫に戻し、部屋を出て行きます。次にBさんが部屋に入ってきて冷蔵庫の牛乳全てをコーンフレークにかけ食べてしまいます。空の牛乳パックをゴミ箱に捨ててBさんは部屋を出て行きます。そこに、スポーツをしてのどを乾かしたAさんが戻ってきます。Aさんはどうするでしょう?

この問題で重要なのは現在の客観的な状況(牛乳のありなし)ではなくAさんの心の状況(のどが乾いて牛乳を飲もうとしている)が推測できるかどうかです。

正解は、「冷蔵庫から牛乳を出そうとする」です。 だいたい4歳くらいでこの誤信念課題と呼ばれるテストに正しく答えられるようです。4歳という年齢は自己意識も芽生えてくる年齢で、この年になると「自分の意識」と「他人の意識」が立ち上がります。この事を本の中では自他意識を処理する領域が同じであると述べています。

自分が傷ついたらちゃんと言う事の大切さ

脳内の処理領域のいくつかは複数な処理を同じ場所で行うことがあります。 発話の際に運動をコントロールする左半球前頭野のブローカー野では、同時に音楽のリズムなどもの知覚や生成にも関与しています。視覚情報の処理に書かせないV1野は視覚以外に空間的情報処理にも活躍しています。

感覚的な「心の内容」の処理はおなじ内容として、自他関係なく認識していると推測できます。その後、その心の内容がどこに帰属されるのかを処理します。

例えば、この領域で処理された「うれしい」という心的状況に、別の領域で処理された<誰が>の状況が結ばれることにより、「誰が、うれしい」となります。 自分の「感じ」や「認識できた心的状況」は他人と共有する事ができるが、自分の認識していない心的状況は他人には共有できないことになります。

つまり、自分の行動が、知らない間に誰かを傷つけていることは、自分が認識しなければ一生気づかないことになります。だから、他人から傷つけられたと思ったら、その人にちゃんと言う必要があり、言わないとその人は傷つけ続けることになります。 「誰かが、いつか気づいてくれるはず」といったことは、それほど起きないことになります。

 

脳内現象 (NHKブックス)

脳内現象 (NHKブックス)

 

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