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Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

日本人の根底にあるものってなんだっけ?(占領期を読んで)

戦争 政治 教育 歴史 選挙

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占領期をなんとなく読み終えた。しかし、あまりよく理解できなかったのが正直な感想である。敗戦二日後から誕生した東久邇内閣から2回目の吉田内閣まで5人の首相と6代の内閣の話をまとめた内容だった。

各首相の生い立ちから内閣発足までの細かい話と、内閣発足後の活躍をまとめている。生い立ちのところが細かいため、その首相が何を考え、さらに、どの点を就任後重点を置いて政治に取り組んだかがよくわかる。

しかし、細かい点に流れてしまうので、どうしても大きな流れが見えにくくなってしまっている。その点が全体を理解できない理由なのかもしれない。

 私なりに戦後日本が辿った道のりを大きく大雑把に考えていきたいと思う。

理想が大きかった東久邇内閣

この前でも投稿したように東久邇首相は皇族出身である。多分、敗戦し、なんとか国民を元気付け、混乱の中、何か藁をもすがる思いで、今まで皇族の中でも破天荒な人材だった東久邇宮稔彦王に首相の話がいったような感じがする。

しかし、パリの自由主義など刺激的な思想はあったが、首相や政などやってこなかったこともあり、あまりうまく回らなかった。多分、首相を取り巻く周りの人たちも、やっと戦争が終わったこれからは自分の思いを今まで窮屈だった日本にぶつけたいという焦った状態だったのかもしれません。

幣原おじいいちゃん内閣の発足

マッカーサーとの折り合いもあまりうまくいかなった、東久邇内閣はすぐに辞職となり、次に柔軟な外交ができる幣原に白羽の矢がたった。現役の時は柔軟すぎる外交が戦前の日本のやり方と合わず除け者にされていたが、敗戦後その柔軟さが見直された。

しかし、本人はすでに老体なため遠慮はしていたが、周りの説得によって就任した。

幣原内閣で一番重要だったのは日本国憲法の成立であった。マッカーサーとの会談も行われ、戦後日本で平和を誓い合い、非戦闘・非軍事化を日本自ら提案する形で成立した。ここが非常に重要だと感じました。日本側から非武装を提案することがアメリカとして一番重要視していたように感じる。

アメリカ側が強制的に非武装を押し付けることは、結果的に力を強制的に奪うことになる。力を無理やり奪うのは反感の種を持つことに等しいということ。負けた側が自ら自分の過ちを意識して、非武装にすることが支配する上で重要なんだと思う。

そのためにアメリカは愛国心が強く民主主義を強く愛する男を占領国の指導者として置いて置く必要があったんだと思う。

第一次吉田内閣の発足

しかし、幣原首相はやはり老体なため体力の限界が訪れる。その後、外交に強かった吉田が選ばれ吉田内閣が発足される。吉田は柔軟すぎる外交でマッカーサーとの馬も合い、幣原内閣時代に決めた憲法の細かい法律をまとめて行った。

この時に第9条にも改正が行われ、幣原が作った「自己の安全を保持するための戦争をも」を削除した。つまり、それまでの9条では自衛のための戦争も行わないとなっていたのをなくし、自衛の意味の戦争は行えるようになったと言える。

アメリカ側は自ら非武装の提案はして欲しいのだが、日本自体が何もできないのは都合が合わなかった。それは、アメリカ側は日本を共産国に対する最初で最後の要と考えていたからだ。だからこそ、自衛のための軍隊が必要だったと言える。その他な細かい法律の整備や、農地改革を行なったが。食料危機が続き国民からの不満は募っていった。そしてその国民の声を代表していたのが共産党社会党などであった。

社会党が第一党に

そのご戦後2回目の総選挙が行われ、片山率いる社会党が第一党になった。総選挙により今まで第一党だった自由党が退いたことになる。これにより民主化が徐々に定着して行ったのではないかと思う。しかし、片山内閣は正直よくわからなく、三党連立を行なったり、右往左往している様子だ。経済危機からはなかなか脱却できず、それを理由に辞職となった。三党連立を残したまま芦田首相が1948年に選ばれた。しかし、芦田内閣も数ヶ月で辞職となり、再度吉田内閣が発足される。

日本の政治家と政治の状況

戦後たった3年で5名の首相が入れ替わっている。2010年代は安倍内閣で長く任期を務めているが、一時期日本の首相は入れ替わりをしていた。ただ、敗戦後日本の政治家たちは各々の考えで日本の平和を考えてきたと言える。さらに占領したアメリカも民主主義を守るためなのか、自国を守るためなのか、日本の平和をサポートしてきたと思う。どちらにしろ、日本の政治家は平和を念頭に日本を築いてきた。そして、その役割は民衆を中心とする民主主義の考えに足りない部分を色々な法律を作り細くしてきた。

まさに、穴だらけのシャツをつぎはぎしてきたような感じがする。穴が大きければ、塞ぐ方法も簡単であるが、だんだんと穴がふさがり、その塞いだ穴の調整は細かいものだ。敗戦後の政治家を見ることで、政治家の目的がよくわかった気がする。

結果的に政治家は民衆のための法律作りが中心でその子で日本のあり方が変わってくる。穴が大きければそれを塞ぐ方法は簡単だが、穴の形が変わって細かくなると、細かい穴の状況を知らないと塞ぎ方が正しいのかがわからない。

今の政治はまさにそのような状況ではないだろうか?穴が細かすぎて国民にはそれが良いのか悪いのかわからない状況と言える。

今回の件でその当時アメリカや日本が何を考えて、どうしたかったということはなんとなくわかってきたが、日本人の根底という点はよくわからない状態だ。

国がなんとなくまとまった明治の状況などを調べて見たい。

占領期 首相たちの新日本 (講談社学術文庫)

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