Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

やはり、おかしいよ。稲田さんとその報道と国会の質疑

170204-D-SV709-0346

日本のゴミメディアの報道はやはりおかしいと感じる。稲田議員が大臣辞任に追い込まれたPKO日報問題で色々なことを思ったから、久々にブログを更新したい。

問題ってなんだっけ?

そもそも、この問題ってなんだっけ?という点だが、僕の足りない知識での解釈では、PKO(国際平和協力)法で日本の自衛隊南スーダンに派遣された。派遣先で銃器の発砲を伴う戦闘に日本の自衛隊が巻き込まれたようだ。それを派遣された自衛隊員の日報に明記されて報告を受けていたにも関わらず、それを隠蔽していたことが発覚したのである。

南スーダンに派遣する前は危険と思われる地域には近づかず、国際平和協力に順次するため、当時もっとも危険とされていた南スーダンへの派遣を実施した。それにも関わらず、戦闘に巻き込まれたことは日本のPKO参加5原則に反していることになる。

つまり、「違反してるけど、バレなきゃ大丈夫だろう」ってことで隠して、その後のPKO活動を行なっていたことになる。

ちなみに、PKOが発足してから25周年らしい。さらに、こんなページもあるとは知らなかった。

内閣府国際平和協力本部事務局(PKO)

なんで隠したの?

これの問題は「なんで隠したのか」ということだと思う。稲田議員はなぜ隠したのか。多分、何も考えてなさそうだけれども、それにしてもこの発覚後に出される報告書が塗りつぶしたりする点などから、明らかに都合の悪いことが書いてあることがわかる。

隠蔽の理由はPKO自体の存続に関わることは間違いない。そのため、必死にロボット回答をしたんだろう。しかし、これって、本当に隠す必要があったのかつくづく感じる。稲田さんとしてもこんな辛い立場で隠し続けることが本当に日本にとって良いことなのだろうか?戦闘があったことを認め、その改善を考えるのが生産的なのではないだろうか?

ここが非常に重要なことだと思う。状況からみて当時もっとも危険だった国への派遣で戦闘がないわけがなく、それに巻き込まれることは少なからず確率は日本にいるよりもはるかに高いことは明確。つまり、実際に発生した時点というのは、その法律やその行いを見直せるチャンスと捉えないといつまでも、日本は変わることができない。

日本の政治家は、なんで素直になれない

稲田さんだろうが他の人だろうが、この時に大臣だったら誰でも同じことをしているのはよくわかる。大切なのはそれを改善できるかどうかが大臣の器量なのではないだろうか。先に記述したようにこの時点で大臣は「戦闘」に巻き込まれたことを素直に認め、どうすれば今後戦闘に巻き込まれないようにするための議論に移るべきだった。

なぜ、日本の政治家は素直になれないのか。これには多く日本のゴミメディアの報道が大きく影響していると思う。どういうことかというと、「戦闘がありました!」と認めたら、多分次にアホ野党からは、「なぜ戦闘が発生する国に派遣したのか」というようなしょうもない質問になるだろう。そんな事を言い始めると、国際平和協力で自衛隊を派遣するということは、日本の領土外に武器を扱え、持参した部隊を派遣させることになり、戦闘行為を見越した派遣だとも解釈できる。つまり、1992年にPKO法ができた時点で間違っていることになる。

そして、さらに最悪なのはゴミメディアがこの報道を一方的に避難する格好になるだろう。国民にとって国やお上、偉い人を叩くのはある種のストレス解消になっている。日本のメディアはそれが視聴率という数値で出るから、簡単な叩き報道しかしない。

戦闘があった事を認めてしまうと、一方的にそれを実施した与党自民党が悪いという報道が行われ、支持率が下がる構図になる。

でも、それでいいのか?

何度も書いてしまうのだが、実際に派遣された自衛隊員は戦闘に巻き込まれ、死ぬ思いを国のためにしただろう。それを考えるとしっかりその事を認め、今後巻き込まれないようにするのが本当に日本にとって必要なことではないだろうか?法律を変えればいいのではないだろうか?真剣に日本の平和を考えるべきではないだろうか?

この事をメディアはちゃんと国民に伝え、国民に考えさせるチャンスを与えるべきではないだろうか?まぁーしかし、マスコミで働く人たちも同じ穴のムジナで、こんな平和なところで、ダラダラと思った事を書いている自分と一緒だ。無理してストレスがたまる仕事を増やす事もしたくないだろう。そう考えると、総じて日本は平和に後進国へと進んでいくんだろうな。

広告を非表示にする