Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

日本人の根底にあるものってなんだっけ?(占領期:疑問)

questions

前回に続いて、今読んでいる「占領期 首相たちの新日本 (講談社学術文庫)」をネタにして投稿したい。前回の続きで、東久邇内閣では、考えかたは現代にも通用する様な思想を持って立ち上げられていた。しかし、それはその当時として余りにも早すぎたのか受け入れられず、実現することはなかった。

東久邇首相は、留学していたフランスで触れた自由民主主義を戦後の日本政治の柱にと考えていた。しかし、自身の政治的な手腕の弱さによりそれを執行することはできなかった。

この本が面白いのは、今まで私が触れてきた戦後のイメージを大きく覆し、考えを改めさせてくれるところだ。本の醍醐味はまさにそこにあり、つくづくネットなどでは到底手の届かない情報が詰まっていると感じる。

いくつかの疑問

まだ、読み進めていて間もないのだが、すでにいくつか疑問を感じている。

共産主義はなぜそこまで嫌われるのか

東久邇首相は就任直後、政治犯を無条件で釈放することを訴えた。しかし、周りの閣僚たちによって阻まれた。理由としては有事の状況で冤罪に近い形で捕まっているのだから、今の考えでは釈放しても良いのだが、当時の官僚たちはいくら敗戦し戦争が終わったからといって無条件で共産主義者たちを釈放することができなかった。

確かに、戦時中皇族に対する反対をしていた思想もあり、当時としては当然だったのかもしれないが、共産党に対するイメージはどこかかたようっている印象もある。日本赤軍などの活動もあり、それがより悪くなったのだろうか。しかし、マルクスの掲げた共産主義の思想はある時代にとても賞賛された時期もある。

マルクスの思想自体も教科書でかじっただけなので、この辺は学ぶ必要がある様だ。

明治憲法ってどんなものだったのか

明治憲法の話が少し出て来る。重光と近衛の確執がある中、重光は戦犯者たちを外国人が主催する裁判にかけられることを阻止できなかった。その点を悔やんでなのか重光は大臣を辞職することになる。しかし、当時の暫定政府のベースにはまだ新憲法がなかったため明治憲法下で政治が執り行われていたという。

そして、驚いたのが明治憲法は和を重んじた憲法らしく、満場一致でなければ可決されないらしい。誰か一人でも反対をしていたら、決定が下させない状態だった様だ。非常に効率が悪い憲法だと言える。たとえば、先の話で近衛と重光との確執があるのであれば、重光は内閣に残り自分の意見を通すこともできた様な気がした。

ここで思うのが、この様な憲法とは一体どんな憲法で、それに従っていた当時の日本とはどんなものだったのかを調べて見たい。

なぜ、バチック艦隊に勝利できたのか

太平洋艦隊の敗因として主に言われているのが、軍隊内での連携の悪さだと言われている。この本でも敗戦したというが軍の本質は変わらず、上の者への報告というのも良い報告だけしかしないなどの習慣が残っていた。今から考えると、その辺りのコミュニケーションロスによる失態が大きいと言える。そして、その習慣はなんとなく今にもつながっている様で、もしかしたら日本人の本質に近い習慣だったのではと思う。

しかし、そんな日本でも大国勝てた時期がある。明治38年当時の海軍がロシアの無敵艦隊と言われたバルチック艦隊を撃破したことだ。失敗から学ぶことは多い。そして、その本質を学ぶとき、成功を引き合いに出すこともとても重要な要素だと思う。

日本人はどちらが本来の思考なのか。もしくは、どの様にすれば日本人全体をより良く効率的な状況を作り出すことができるのか知りたいと思った。

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

失敗の本質―日本軍の組織論的研究 (中公文庫)

 

 

広告を非表示にする