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Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

ハッタリと無視で人は幸せになれるが、周りを不幸にする

The big mouth - MOMA

最近よくよく思うのは、幸せと思われる人の傾向として言えるのが「ハッタリ」と「無視」ができる人だと思う。多分、この二つがうまくできれば幸せになれると感じている。

ハッタリとは、まさに、ビックマウスである。トランプ次期大統領などはその典型的な人ではないだろうか。自分の言いたいことを言って、感情の赴くままに暴言を吐き、その後の周りの同行を一切無視する。この事は一番ストレスのない状態だと言える。

 しかし、ほんとんどの人がこれを実現する事ができない。だから不幸な人が多くなる。

子供が一番ストレスがない

「無邪気」という言葉は邪気が無いと書く。子供を表す際によく使われる代名詞的な言葉だ。無邪気な子供は、何も考えずに言いたい事をいう。だから、それほどストレスを感じていない。もちろん、子供でもストレスを感じている。言いたいことが言えている状況は子供にとってストレスがなく、とてもリラックスな状況だと言える。

多分、親とかに気を使っている状態だと我慢するだろう。我慢は恐怖と密接な関係にあるため、虐待を受けている子供は自然と我慢している。

さらにすごいのが、言った内容が周りにどのように影響するかをあまり考えていない。つまり、無視している状況だ。この状態は親に守られて、とても安全で安心できる状況だからこそできる状況である。これを親の考えで「あーだ、こーだ」いうことで、子供は恐怖を感じ我慢を覚える。

年齢が増すごとに我慢を覚えている。これも一つの成長である。

一番幸せな状況はまさにこの状況、言いたいことを言って、周りが何を考えても無視することが幸せの第一歩なのだ。

大人になるとできなくなる

しかし、大人になるとこれが良くできない。恐怖を覚えるからだ。「あれをしたら、こうなるだろう。」とか「これは、○○さんにとってよくない」と考えると、自分の存在を消したくなるくらいストレスが溜まり、自分を不幸だと感じる。

では、もし、大人なのに子供のように言いたいことを言って、その影響を無視したら良いのではないだろうか?これを大人でやると、周りは不幸になる。しかし、もし、それでも幸せを求めるなら周りが不幸になっても無視するべきだ。それが幸せへの近道なんだと思う。ただ、これは明らかに大人とは言えない。ただ、この時点で周りからは嫌味を言われたり、陰口を言われたりされるだろう。

それでもストレスを感じづに生きられるの人は、本当の幸せ者か、本当の悪人だと思う。つまり、大抵は嫌な気持ちになる。それは当たり前だ。そこまで他人を無視することはできない。つまり、それが当然のことなのだ。

自己を肯定すること

自分にショックなことがあって、よく思うのは自分をどれだけ肯定できるかだと思う。先ほどの話でハッタリをかまして周りを無視する人と、それができずにストレスを感じて生きることは、全く違いがなく。重要なのは自分をどれだけ肯定できるか、なんだと思う。周りに気を使い無視できず不幸せと感じることは、至極当然のことで、それを不幸と感じことの方が不自然な考えであることに気づくべきだ。

つまり、ハッタリをかまして周りを無視するのも、周りに気を使って不幸と感じるのも、どちらも自分を肯定することが重要なんだと思う。

不幸論 (PHP文庫)

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