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Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

SEALDsとかに関して

戦争 社会

http://www.flickr.com/photos/39515458@N02/21246201838

photo by Prachatai

すでに安保法案が成立(2015年9月現在)してしまい、だんだんと影も薄れていくのではと思っていますが、ちょっとこの期間にいろいろと思ったので、書き留めておこうと思います。

今まで関心の無かった若者たちが、政治に関心をもち国会の前でデモ(行動)を起こすことに関しては良いと思っています。ただ、この中の人たちがどの程度選挙に足を運びいままで政治に関わろうとしたのか疑問が拭えません。

いままで関心もなく、何かちょっとしたトピックスが湧き上がり、なんとなくかっこいいからで参加することは、参加されている人たちも感じると思うかもしれませんが、軽すぎるような気がします。

戦争を考えること

彼らが訴えていることは「戦争反対」が一番大きな声だった様な気がします。しかし、彼らの言っている「戦争」ってどの戦争を指しているんでしょう?一番それが気になって仕方がないです。私が推測するに彼らの訴えている戦争って第二次大戦の話なのではないでしょうか?

一言に戦争と言っても70年前といまでは戦争自体が大きく変わっています。そして、戦争が起きる状況もよく考慮しないといけないと思います。

彼らがバカなメディアの戦争イメージをそのまま受けて、70年前の旧世代の頭で考えて反対を訴えている時点で底レベルな反応で日本の教育のレベルの低さを海外に訴えている様な気がします。

www.huffingtonpost.jp

現時点では、国と国が貿易や経済という関係で深く関わっています。70年前や100年前の第一次大戦が勃発した時とは大きく状況が変わっており、戦争を起こしにくい状況だと言えます。

また、戦争自体の中身も大きく変わっています。最近の湾岸戦争などをとっても戦争は国対国という簡単な図式から国対テロ集団というような複雑な図式になりつつあり、また規模も世界を巻き込むような形ではなく近隣の国が関わる程度になりつつあるように思います。

こういった戦争自体の本質を全く考えず、ただ、昔の戦争の悲惨な状況しかイメージせずに反対を訴えるのは、議論の土壌に上がろうとしないのと同じことだと思います。もし、本気で戦争反対を訴えるのであれば、ちゃんとした同じ土壌で対話できる人間が対話する必要がると思います。

ある意味この状況は第二大戦前に日本軍将校が起こしたクーデターと同じように状況を十分に把握していない者たちが団結して行動しているのと同じではないでしょうか?立場は全く違っていても感情的に一つの理念に突き進む状況は同じように思います。

現状の感情で本当に反対し、戦争ができない状況になって良いのでしょうか?

 

 

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