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Noriyasu_Katano's blog

脳科学や量子力学、政治や戦争に関して、日々の感じた雑感を書いていきます。

地図がよめません。-『脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ』メモ

http://www.flickr.com/photos/9198432@N02/6186786217

photo by jetheriot

前回のおさらい風に書き出されている『脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ』は前回の内容がまとめられていて非常にわかり易いです。その中で前回触れていないと思われるトピックスがあったので記述しておきたいと思います。

突然ですが、私は全く地図が把握できません。歳をとるのと比例してその傾向が顕著に見られてきます。見ているとめんどくさくなってしまうのです。自分でも直そうと思いいろいろと試すのですが全く理解できません。

当初、この本と出会う前までにいろいろこの現象を考えていたのです。

地図をみるとその場の光景を想像してしまい目的地までの道順を想像してしまうから、実際にその場についた時にその想像に近い方向を選んでしまい目的地と反対の方向に進んでしまうというように、自分の中では解釈していました。実際、自分のなかでこの様な脳内現象は起きています。これは、職業上しょうがない事だと割り切っていました。

脳の中での空間配置

そして、この本と出会ったのです。本の中では、「頭頂葉は外界の空間配置を三次元的に表象し、またその三次元表象されたなかに自分自身の身体を表象することに関与している。」と記述されています。この事をふまえると自分にはこの頭頂葉の機能が未発達なのではないかと思いました。外界の空間配置が性格に出来るのであればビルとか道などの空間的配置を地図との位置関係に置き換えて理解できるはずです。

また、この発想を裏付ける要因の一つに私の身体的特徴が挙げられます。私の頭のてっぺんより後ろがへんこんでいるのです。内の母親から言わせると赤ちゃんの時に高いテーブルから落ちたというのです。そのため、まさに頭頂葉部分の外形がへこんでいるのです。 

そのため、私の頭頂葉の発達は未発達ののまま現在に至のではないかと有力な仮説がたてられるのです。つまり、この事により私は地図が読めない、理解できなのだと思います。これは身的障害であるからして、私の地理感覚のなさはしょうがない様に思います。まっ一回道順を覚えてしまえば次回からは問題なく目的地に到着するし、自分が地図を読めない事を理解しているので、初めて行く時にはかなり早く出るようにしています。迷っても良いようにです。

脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ

脳のなかの幽霊、ふたたび 見えてきた心のしくみ

 

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